2009年06月23日
文豪 太宰治 文学サロン
ここ「太宰治文学サロン」は、2008年の太宰治没後60年と2009年の生誕100年を記念して、太宰が通った「伊勢元酒店」の跡地に2008年3月、開設されました。
太宰ゆかりの場所全体を展示場所としてとらえその中心施設として位置づけると共に、その運営を市民と協働で行う際の拠点ともなる新しいかたちの都市型文学関連施設です。
氏の入水自殺の現場から、程なく近くに所在しています。
館内には、当時の氏の面影写真はもとより、昭和初期のころの三鷹・武蔵野エリアを記録した写真が展示されています。
太宰 治
1909〔明治42〕年〜1948〔昭和23〕年
日本の近代文学を代表する作家。青森県北津軽郡金木村(現・五所川原市金木町)の素封家に生まれる。本名・津島修治。
東大文学部に在学中に非合法運動に関わるが脱落し、大学は中退する。
昭和11年の短編集『晩年』以降、話術に長けた文体で短・中篇を発表して若い読者の心を捉える。
昭和14年1月、井伏鱒二の媒酌で石原美知子と結構、同年9月より府下三鷹村(現・三鷹市)下連雀の借家に住み終生の住まいとする。
三鷹入居の頃は「駆込み訴え」「女の決闘」「走れメロス」など平明な名品を生み出している。
同時に、「鷗」「善蔵を思う」「乞食学生」「きりぎりす」「東京八景」「風の便り」「十二月八日」など東京郊外における創作活動や生活を書き込んだ作品も数多く書いた。
大戦後は、「斜陽」などの発表により、織田作之助や坂口安吾らと共に無頼派として注目される。
「ヴィヨンのつま」「父」「おさん」「桜桃」「家庭幸福」など三鷹での生活を素材とした作品も継続して残した。
「人間失格」発表した直後、39歳の誕生日を目前とした昭和23年6月13日、山崎富栄と共に玉川上水に身を投じた。
資料抜粋:太宰治文学サロン・パンフレットより
所在地:三鷹市下連雀3−16−14グランダルジャン三鷹1階 電話:0422−26−9150 開館時間:午前10時〜17時30分 休館日:月曜日・年末年始 入館料:無料
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